勝手に岐阜県観光大使

岐阜県民の岐阜県民による全国民のためのブログです。

岐阜県観光大使のほにゃらら~僕が飛騨高山にきた理由~

ツイッターからのアクセス数が伸び、ビックリしている、大使です。

 

 

仲間がツイッターで拡散してくれたのでアクセス伸びてます。

ありがたい。本当にありがたい。

色々な人に「岐阜県」「僕の生き方」などを知ってほしいです。

 

これからも拡散、よろしくお願いします!!!

 

 

 

本題。

飛騨高山という魅力が沢山詰まった奇跡的な土地に住み始め、早半年。

早いようで短い半年でした。

その間に色々な人間に出会い、別れ、再開し、また別れ。

繰り返しの日々を送っております。

 

初めて出会う人には高い確率で聞かれる

「飛騨高山への移住の理由」

 

移住者と聞けば何故その場所に移住したのか聞きたくなる。

まさに常套句であります。

僕だってそうだ。

 

 

そう言えば移住した理由をブログに書いていなかったなと思い、

書きます。

 

 

 

村井祐介(通称:大使)

職業・趣味:勝手に岐阜県観光大使

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情熱大陸のテーマソングでも流してください。

 

 

どこから歴史を話そうか。

 

 

僕は去年の3月(2018年)、3年半働いた障害者支援施設を退職しました。

特に明確な退職理由はなく、仕事の内容も、人も、好きだった。

でもマンネリを感じていたのも事実で、地元(岐阜県)で働きたいという感情もあった。

そう思ってしまったらほとんどの見えてくる景色ってネガティブになる。

仕事内容、人以外のほとんど。

 

ネガティブの大部分を占めたのは通勤。

 

最寄り駅で下車、電車のために階段を我を忘れて猛ダッシュするサラリーマン。

ネガティブになってから最初に見たその光景が衝撃的で、なんてカッコ悪いんだと。何をそんなに急いでいるんだと。

いつも当たり前のように見えていた景色もその日からは異常な光景に。

 

自分の一日を冷静に考えてみた。

 

6:30 起床

 

7:40 電車に乗る

8:30 始業

 

通勤時間を普通と考えている人は当たり前のスケジュールがと思うけど、僕は違和感を覚えた。

起床してから電車に乗り仕事に行く。

7:40の電車に乗らないと遅刻する。乗らなきゃいけない。

 

ということはだ、電車に起床瞬間から支配されている。

だってその電車に乗らないと遅刻するんだから。

 

 

なんで電車ごときに自分の人生支配されなきゃいけないんだ。

 

 

そう、退社の大きなウェイトを占めているのは通勤ラッシュ。

世の中こんなカスもいるもんですね。

 

 

それからというものの公共交通機関を使わない生活に憧れた。

 

 

仕事を辞め、最初に頼ったのは岐阜県の北限、神岡町山之村。

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信号もなく、コンビニもなく、ましてや交通機関なんてない土地。

そこの農園で2か月ちょい農家体験って形で居候。

 

土をいじる生活をした。

 

人口の音が一切ない場所で、鳥の声、獣の声、虫の声、風の音...

全ての体験が初めてで全てに感動した。天国か。

 

 

こんな生活の仕方もあるんだ、こんな生活している人がこんなにいるんだ。

衝撃を受けたのを覚えている。

 

初めて自給自足という生活、循環社会というものを目の当たりに。

そして憧れに。

 

 

そして起こった西日本豪雨

迷うことなく駆けつけた。

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そこは未曽有の災害という言葉がピッタリの現場。

今でもあの時の光景を思い出すと胸が痛い。

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そこで見た凄惨な現場にポジティブな感情なんて湧いてこなかったのが正直なところ。

でも、色々な景色と出会い、色々な人の出会い、被災された方たちから聞いた生々しい当日の話や後日談...

 

皆さんが口を揃えて言った「大切なものはなくなったけど、生きてて良かった。」

 

前日まで元気にお話していた人が死んでいった。

そんな予想もしていない死に方、今の世界では当たり前のように起きてしまうんだ。

 

出会った人たちから影響も受けたし影響を与えた。

愛が溢れすぎる男にも出会い、無償の愛について考えた。

 

損得で考えるという無意味な選択はここから完全に僕の中から消えた。

 

災害ボランティアの話をすると止まらないので注意。笑

 

 

色々感じたうえで9月、縁があり高山のゲストハウスでバイト。

これもなかなかいい経験だった。

 

普段出会わない人との一期一会。

 

これこそまさに一期一会。そうでない人もいたけど。

 

 

そして高山という土地に1か月間住み続けた。

その1か月の間に知らない間に家を探していた。

そして契約していた。

 

あっという間の1ヵ月。

 

9月は色んな意味でたくさんのものと出会えた。

 

1か月過ごしての感想は、住みやすい。

寒さとか雪が降るとかしょうがないことで、標高も約5倍違い、山に囲まれている。

寒さ、雪にはぴったりの環境。そんなこと覚悟してくるよ。

そんなことを除く以前に検討から外れたけど、本当に住みやすい。

この住みやすい差を言葉で伝えるのは残念ながら不可能。

この地でこの空気を吸わないと分からない。

 

 

そうして高山に10月から移住。

今に至ります。

 

 

 

そんな感じの大使の移住話。

途中で飽きた人もいるでしょう笑

 

 

 

結局全てに共通することは、今やりたいこと、楽しみたいことを優先した。ということ。

今現在、ストレスなく悩みなく生活ができている。

むしろこの町で生活できているという喜びの方が強い。

 

 

移住の条件も少しあって、

・公共交通機関を使わない生活

コンパクトシティに住む

・観光地に住む

・歴史のある街に住む

・山が近くにあるところ

・空気が綺麗なところ

・水が美味しいところ

・野菜が美味しいところ

・郷土料理、ご飯が美味しいところ

・伝統工芸品、伝統があるところ

・四季を5感を使って感じれるところ

 

意外とあった。

 

 

けど全ての条件が無条件に揃うのがそう、

「飛騨高山」だった。

 

 

これは結局自分が動いたから理想郷に住むことができた。

地元はもちろん大好きだし定期的に帰ってる。

 

でも、この土地の生活になれてしまったら、

他の土地はきっと物足りなくなる。

 

色々な人から聞かれる移住の理由。

こんな感じです。

 

文字で書くには色々大変なのです。

 

 

いくらでもお話します。

興味を持ってくれた人、呑みに行きましょ。笑

お互い感じることを話し合いましょ。

 

勝手に岐阜県移住大使として、余すことなくお伝えします。