勝手に岐阜県観光大使

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三回目の能登半島地震支援へ行ってきました②

未だにチョコは貰えると嬉しい、大使です。

 

 

諸岡公民館の支援を終え、富山へ帰ります。

金沢から北へ向かうと、輪島市に入ったあたりから周りの様子は一変します。

道路は波打ち、段差が大きく、まともには走れない。

が、インフラの整備スピードはすさまじく早い。

日本の技術恐るべし。

 

しかし、そうそう簡単に変えられないものも、ある。

 

海岸線の隆起である。

ニュースでは聞いていたが、車を停めてじっくり見たのはこれが初めて。

いや、もう言葉が出なかった。

出たとしても、「すごい...」しか出ない。

過去にこの場所に水があったなんて思えないくらいの隆起。

これ、干潮じゃないですからね。

 

この辺りの海岸線は前進し、波打ち際が道路よりもずっと離れた場所に”変わった”。

写真右側に波消しブロックがあるのが分かると思います。

今回の地震の力は4,000年に一度と言われていますね。

地球が形を変えるには、やはりこれくらいの力が必要なんですね。

地球にとっては当たり前の自然現象ですが、4,000年の間に人間の生活が入り込んできた。

自然が悪いわけではい。

かと言って人間が悪いわけでもない。

受け入れるしか、ない。

 

近くには素敵な町並みが”あった”。

 

たった一回の、4,000年に一回の揺れで町は一変した。

 

特にこの辺りの被害はすさまじく、ほとんどの家に赤紙が貼られている。

赤紙はこれね。

 

これが貼られているから住めない、今すぐ倒壊する。という意味ではない。

が、確実に致命傷の傷は負っている建物。

この紙を貼られた家がほとんど。

 

例外なく寺の一部は崩壊し、まだまだ助けや観光客も来なさそう。



町は静まり返り、人の気配はない。

まさにゴーストタウン。

 

時間はあの日、元日から止まったままである。

町を歩いていると寂しく、切なくなる。

 

災害支援部隊も全く入っていない。

この先マジでどれだけ時間がかかるのか不明すぎる。

怖すぎる。

右側に倒れているのは神社の鳥居ですね。

 

必ず復興する。

そういくら言い聞かせても、この光景を目の当たりにすると容易ではないと思ってしまう。

言い方が悪いがこんな場所が腐るほどある。

 

だけど復興を信じて進むしかないんだよね。

 

帰り道の立山連峰は今日も綺麗だった。

CGの様な景色。

でも冷静に考えると、あの山々も圧倒的な自然の力で成り立ったもの。

人の生活がなかった時代だから「災害」とは呼ばれなかったわけだが、その時代に人の生活があったら確実に「超大災害」って言われてたでしょう。

それも取り返しのつかないような規模の。

 

今の当たり前の生活をもっとありがたく生きていこうと思ったこの日。

そしてこれからも支援に入っていこうと心に決めた日。

 

帰り道に燃費を計算した。

富山や石川は暖かく、エアコンはいらなかった。

 

異次元の走りを見せてくれてありがとう。

ありがとうなんだけど...

毎週能登半島はやはりガソリン代がすさまじい...

 

皆さんからの支援金は物資の購入などに確実に使わせていただいてます!

そして物資寄付とかしてくれる人も本当にありがとうございます。