勝手に岐阜県観光大使

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2020年の災害を振り返る

お店が時短要請なので家飲みが進む、大使です。

 

 

2020年に起きた災害の記事です。

見たくない人はパスしてくださいね。

 

 

時系列に振り返りたいと思います。

たくさんの人が来てくれましたが、今回は人の写真は載せず、書きますね。

 

 

2020年1月。

長野県におりました。

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大きな空間で、大きなイベントでコーヒーを淹れてた。

もちろん災害支援の延長。

傷ついた人たちに新年から元気を。

 

僕自身「炊き出し」や「コーヒー」というものに可能性を感じた。

ないに越したことはない、けど、何かあった時には「ソレ」をやりたいな。

 

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そして運命の7月8日がきた。

激しい雨で目が覚めて、嫌な予感がした。

大雨特別警報。

 

誰かの家が被害に遭っているという情報の下、動いた。

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実際に被害の家はたくさんあって。

あるお宅の支援に入ると決めた。

 

家にも泥、裏も泥、倉庫も泥。

 

そして色んな人に来てもらった現場。

いい勉強になりました。

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こんなこともありました。

東西南北の道路が一時通行不能。

物流が途絶えました。

災害の怖さと同時に感じたのは、「飛騨高山で住む」という難しさもここで感じた。

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こんな川は見たことない。

衝撃を受けた。

文字通り濁流もいう言葉がピッタリの飛騨川は国道41号線を呑み込み、道路を崩壊させた。

今もまだ、完全復旧には至らず、その目途は立っていない。

自然は本当に容赦ないな。

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7月14日

忘れられない日が来た。

 

飛騨のキッチンカー「HALUBALL」さんが炊き出しに協力してくれた。

しかも、飛騨中のお店や農家、企業を巻き込んで。

 

心を痛めている人は被害に遭っている人だけではない。

直接の被害はなくても、みんな心を痛めていた。

それがこうして形になった瞬間って言うのは、言葉にならない。

みなさんに感謝。

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小屋を解体中にアシナガ蜂に刺された。

迅速な処置により全く腫れず。

でも痛かったな。

 

スギの葉が万能ということもここで知った。

今後もこのお宅の長谷川さんとは親交が続いてます。

ありがたい。

 

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岐阜県の支援がひと段落して、その後は熊本県人吉市へ。

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目の前は異空間。

正直見ていてもよく分からなかった。ピンとこなかったっていうのが正直なところ。

電柱にコンテナが張り付いてる景色をあなたは想像できますか?

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ほら、よく分からないでしょ。

ここに立つとここで亡くなった人の想いみたいなものを感じるんです。

「怖かっただろうなぁ。」

そんな一言ではまとめられないくらい追い詰められ、絶命したことを考えると、

言葉も出ない。

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無情にも美しすぎる空。

目の前の景色とのギャップがすさまじい。

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鉄筋の橋が流された現場。

流された橋はこの一本だけではございません。何本も流された。

球磨川の激流はすさまじかったはず。

 

ん~笑っちゃけないけどさ、ここに立つとなぜか笑っちゃうんだな。

もちろん面白みのない笑いだけど。

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まったく分別されることなく放置された災害ゴミ。

うず高く積まれたソレは長期間放置され、鋭い悪臭を放つ。

「どんなにおい?」

と飲食店で聞かれれば、

「お店出てから話すわ」

と答えるでしょう。

とてもではないけど同じ星とは思えない光景だった。

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この災害ゴミ置き場での活動は苦痛を極めた。

炎天下の中、ひたすらゴミの仕分け。

何人もの熱中症予備軍を救出したが、この暑さなら仕方ない。

自分もなってたかもしれないし。

 

骨壺も発見した。

もちろん中身も。

理性を失った人間が捨ててしまったのか、紛れ込んでしまったのか。

どちらにせよ、この土地で生き抜いた先祖様は予想していたのではないか。

何度も繰り返してきた洪水だから。

※チームのリーダーがお寺さんへ供養に行きました

 

本当に壮絶な現場だったのは一生忘れないでしょう。

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いつまでも裏返っている車があった。

反対であることが当たり前かのように。

でもこの場所だと驚きもせず。

 

災害現場は日常の感覚が時々マヒする時がある。

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災害ゴミの集積場。

最大級に大きなクレーンがゴミを分別している。

よくここまで積めるなぁと感心。

クレーンは大型なのでエアコンもドアも付いていると思うけど、なかなかしんどいだろな。

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二回行った人吉。

ステイホームで時間はあったから良かったけど、よく行ったなと。

 

二回目の訪問は「げんさん」と家を解体。

げんさんとは長野県で一緒に活動していて、下呂でも一緒にしていた。

 

二人で一軒の家を最低限の材だけ残し解体した。

分からないことがあればげんさんに聞き黙々と解体。

ゴキブリなんてのは見るのが当たり前で、途中から愛おしくも思えた。

感覚がおかしくなった。

 

 

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写真は以上です。

 

今回の岐阜県と熊本県の災害でたくさんのことを学びました。

どれもこれも学校で学ぶことのできない貴重なこと。

普通に生きていて必要のないこともたくさん学べるわけですが、人間論みたいなものの学びの方があるわけで。

 

 

目の前で突如泣き出してしまう被災者。

あなたならどういう声をかけますか?

 

ここでの学びは本当に尊い。

命と直結していて、命がベース。

 

 

「明日死ぬかもしれないから今したいことをしている」

 

それでいいの?生活できるの?

今の生活に関して問われた時にそう答える。

 

「明日死ぬことなんてありえない」

「もっと先のことを考えたら?」

 

そんな返答をいただく。

 

「明日死ぬことはありえない」と思っていた人間が死んだ現場をたくさん見てきた。

涙も見た。

 

そんな現場を見た人間は「明日死ぬことなんてない」なんて言えない。

 

一日一日を生き抜き、今日も楽しかったな。

と思えれば幸せ。

 

 

日常は当たり前ではありません。

365日動いてくれている心臓がある朝突然ストライキするかもしれない。

屋根からの落雪が当たり、そのまま死ぬかもしれない。

 

僕たちの周りには死が付きまとっている。

生と死は表裏一体。

 

 

 

災害で培った考えや技術は次に活かします。

”活かせない”世の中になるのがいいのですが、どうも無理そう。

どこかで何かがあった時は真っ先に駆けつけ、誰かの手となり足となり脳となれるようにしたい。

 

 

 

やりたいことがあるのに踏み出せずに足踏みしている人がいるなら言いたい。

 

「明日死ぬかもしれないよ」って。